LIFESTYLE自然、歴史、文化、アートなど、多彩な魅力が交差する街、金沢April 11, 2023

日本を代表する企業のクリエイティブを多数手掛け、第一線のアートディレクターとして走り続けている水口克夫さん。実は生まれ故郷である金沢が好きではなかったという水口さんが、東京で働いた30余年を経て再び金沢に拠点を構えた理由は何でしょうか。本コラムでは、大人になってから気付いたという金沢の魅力や、北陸エリアとゆかりのあるお仕事などについてお伺いしました。

水口克夫Mizuguchi Katsuo
アートディレクター。1964年金沢市生まれ。金沢美術工芸大学を卒業後、電通入社。2012年、Hotchkissを設立。2015年には金沢支社を開設。JR東日本「北陸新幹線開業広告」をはじめ、北陸や金沢にまつわるクリエイティブを多数制作する。受賞歴は、ADC賞、カンヌ国際広告祭、アジア太平洋広告祭ベストアートディレクション広告電通賞、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞など。

金沢には底力がある。

金沢で生まれて大学を卒業するまで、この街で過ごした水口さん。東京の大手広告代理店に就職し、第一線で活躍し続けながらも、いつしか自分のスキルを活かして、生まれた地に恩返ししたいという気持ちが芽生えてきたと言います。

「実は高校生までは金沢が嫌いでした。何だかどんよりしていて、街に活気があるとは思えなかったし、早く東京に出たいということばかり考えていました」。

変化があったのは大学時代。進学した金沢美術工芸大学には県外から通っている学生も多く、海水浴やスキー、街の散策や美術館めぐりなどを楽しんでいる姿を見るうちに、その魅力に気づき始めたそうです。

はっきりと金沢を見る目が変わったのは、40代で参加したメディアアートとクリエイターの祭典がきっかけでした。「衝撃を受けるほどの創意工夫に富んだお寿司を食べた瞬間、自分がまだ触れていない金沢があることを実感しました。金沢にはとてつもない底力があると思ったんです」。

街のサイズ感がいい、夜の風情がいい。

また、いま水口さんが金沢をよいと感じているポイントに街のサイズ感があります。

「2015年の3月に北陸新幹線が開通して、5月に金沢に事務所を構えたことを機に、よく街の中心部を歩くようになったんですけど、徒歩で散策するのにちょうどいいサイズの街なんですね。女川と呼ばれる浅野川と、男川と呼ばれる犀川と、2つの川に挟まれたところに街があって、用水もたくさんあるので、水の流れる音に包まれながら歩くのは気持ちがいいです。大の金沢通で知られる松任谷由実さんも、浅野川の桜を描いた『花紀行』という曲を作られていますね」。

実際、金沢城を中心として半径約2㎞に主な観光スポットがあり、加賀百万石の面影をめぐる歴史散歩、美食の街ならではのグルメ、きらびやかな工芸体験などが凝縮されています。

「昼間の散策も充実していますが、金沢は夜もいいんです。華やかなところもありながら、しっとりとした風情があり、そこはかとない美しさが潜んでいる。そのコントラストに惹かれる人は多いのではないでしょうか」。

クリエイターの目線で伝統工芸と向き合う。

クリエイターとして関わった3つのプロジェクトについてもお伺いしました。
「2020年、2021年、2022年と開催された北陸工芸の祭典『GO FOR KOGEI』は、富山、石川、福井の北陸3県を舞台に、広域的なアートエリアの形成を目指して工芸の魅力を国内外に発信する取り組みで、僕はこのクリエイティブディレクションを担当しました。

「富山は鋳物やガラス工芸が有名です。福井は漆器、刃物はもちろん、越前和紙も素晴らしい。日本一複雑な屋根を持つと言われている岡太(おかもと)神社・大瀧神社という紙の神様を祀る神社があり、その神社を中心に5つの地区で和紙が作られています」。
土地に工芸が根付いて、生活と密着しているのが北陸の工芸の魅力だと水口さんは話されました。

次に紹介いただいたのは、「ごミュ印帖」です。
文学・哲学・音楽・歴史など、多彩なジャンルの文化施設が散らばり、街全体が美術館のような金沢。周遊できるエリアにある17の文化施設をぜひ観光客に回ってほしい、という依頼を市から受けた案件でした。「予算が限られていたこともあったので、もともと各施設が持っていたスタンプに着目して、御朱印帳のようにそれらを集めてもらうのはどうかと考えました。また着物で散策する若者が多いのも金沢の特徴なので、着物姿で持っても似合う加賀友禅の柄で表紙を制作しました」。

加賀蒔絵の展示についてもお話いただきました。加賀蒔絵は非常に質の高い伝統工芸ですが、そもそも漆の器が家庭で使われなくなっているいま、何をしたら人の興味が向くのか?工房を見学させてもらったところ、工程の繊細さと、道具の面白さに感銘を受けたと言います。

「卵の殻、貝殻、金箔など、蒔絵の工程の中で使う道具がとにかく面白かった。細部にまで神経が行き届いた仕事をするために、器以前に道具から手作りすることもあると聞いて興奮しました。昔は技が盗まれないように、ひとつの仕事が終わるたびに道具を折って捨てたことすらあったそうで、『道具』を通して加賀蒔絵の奥深さを伝える展示を行いました」。

また水口さんの仕事のやり方や考え方は、金沢から影響を受けていると言います。
「加賀百万石を築いた前田利家は、茶道など文化面にも造詣が深かったことから、金沢が伝統文化を持つ街となった礎を築いたと言われています。職人を輩出し続けていたり、ものづくりに取り組む姿勢が脈々とある。金沢は雨や雪が多いので室内にこもることも増えますし、じっくり丁寧に、粘り強く制作に取り組むのに向いている環境がある。僕自身も『一発当てたい、派手なものを作って注目されたい』という気持ちは全然ないので、自分の素地はやはり街の影響を受けていると思うんです」。

豊富な選択肢が叶える、自分らしい暮らし。

それでは住む場所としての金沢はどうなのでしょうか。
水口さんは金沢に事務所を構えるにあたり、東京で働いていたスタッフを送り込んだのですが、その長崎出身のスタッフは、事務所を辞めて独立した今も、金沢が気に入り、この街で3人の子育てをしています。

「子育てをされる方は、何を大事にしたいか、何を持って幸せと考えるかが大切だと思います。自然が豊かなことと、学校や塾が充実していること、どちらが正解ということでもないですよね。金沢はハードな受験勉強をしようというムードは東京に比べて少ないですし、そういう意味では大らかでストレスにさらされにくいのかもしれません」。

また、遊びの面でも東京は選択肢が多いと感じますが、実はそうでもないのではないか?と興味深いご指摘も。「金沢は川に行ける。海も山も近くにある。温泉もある。文化やアートに触れられる。買物もできる…と1時間くらいの範囲で楽しめることのバリエーションが豊かですし、選択肢はむしろ多いのかもしれません」。

多彩な魅力が凝縮されながらも、東京にも大阪にも2時間半程度で行かれる街、金沢。
金沢は、事前に理想のライフスタイルを思い描いて叶えることもできるし、住み始めてから好みのライフスタイルを組み立てていくこともできる場所だと、水口さんは思っているそうです。

(撮影協力 : 丸八製茶場 一笑)

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