「学びを探求しよう」第3話 リスキリングを通じて生き方をアップデートする

テクノロジーの進化は暮らしの利便性を高める一方で、将来の予測を困難なものにしています。そんな時代に、私たちはどのように向き合っていけばいいのでしょうか。連載企画「学びを探求しよう」、第3回となる今回のテーマは「リスキリング」です。リスキリングは「新しいことを学び、新しいスキルを身につけること」や「新しい業務や就職に就くこと」という意味。また、自主的な「学び直し」と混同されがちですが、本来は「組織が主体となって取り組む業務である」と定義づけられています。なぜリスキリングが注目されるようになったのか、取り組む意義とは何か、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事を務める後藤宗明さんに話を伺いました。

後藤宗明
2021年に一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立し、代表理事に就任。
リスキリングプラットフォームを提供するアメリカの企業SkyHiveの日本代表も務める。
リスキリングに取り組んだことで未来が大きく広がった。
日本におけるリスキリングの導入支援に取り組む後藤さん。これまでの歩みを伺うと、最初から今の道を選んだわけではなく、実に多様な分野を駆け抜けてきたことがわかりました。
「キャリアのスタートは銀行で、その次はスタートアップ企業に就職しました。そのときに、アメリカには社会問題をビジネスで解決していく『社会起業家』という方々がいることを知り、私も同じ様な活動がしたいと思うようになったんです。そこでまず、グローバルに活躍できるようにと英語学習に取り組んだのが、私の最初のリスキリング体験でした」
さらにその後に、後藤さんの将来に大きな影響を与えた出来事があったと教えてくれました。
「2014年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が発表した論文を読んだのですが、そこには『今後10年から20年の間に、テクノロジーの進化や自動化によって、アメリカの47%の雇用が失われていく』と書かれていて、大きな衝撃を受けたんです。自動化によって世の中が便利になるのは素晴らしいことですが、その一方で人間の仕事がなくなるのは非常に深刻な社会問題だと捉え、それを解決できるような活動がしたいと考えるようになりました」
しかし当時は自動化の仕組みやテックビジネスに関する知識が乏しく、業務経験やスキルもなかったため、40歳を超えたタイミングで思い切ってデジタル分野へのキャリアチェンジに挑戦することを決意したと言います。その努力が身を結び、デジタル分野の企業に就職した後藤さんは「ハードウェアやソフトウェア、ネットワーク関連など、さまざまな経験を積むことができ、さらにずっと関わりたいと思っていたAI関連の仕事を担当することもできました。また、ちょうど同じ時期に日本でデジタル化が加速する兆しが見られたため、デジタル分野のリスキリングの重要性を周知する活動も始めたんです」と続けます。
必ずキャリアアップにつながるという確信があった。
こうした時流の中、2021年には非営利団体であるジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。現在の主な活動内容は大きく3つあると教えてくれました。
「1つ目は国や自治体に向けた政策提言です。特に最近は、地域企業のリスキリングサポートを目的とした、地方自治体の政策づくりを支援しています。2つ目は企業向けのリスキリング制度の構築支援です。特に生成AIの誕生以降は、多くの企業が真剣にリスキリングに取り組み始めました。自動化によって生産性を高めながら、それによって失職する人が生まれないよう、リスキリングを通じて新たな活躍の場を築いていただけるようサポートしています。そして3つ目がメディア出演や執筆活動などを通じた啓発活動です。最近では海外からも依頼があり、日本におけるリスキリング支援の成功事例を発表したり、リスキリング推進プロジェクトの委員を務めたりもしています」
もともと英語が堪能ではなく、デジタル領域に関する知見もなかった後藤さんが、今では活動範囲を世界に広げ、最先端テクノロジーの分野でも活躍されている事実には驚きを隠せません。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
「私自身、40歳を過ぎてからデジタル分野を学び始めたものの、やはり業務経験がなかったため、なかなか採用されないという事実に直面しましたね」
そう話す後藤さんの表情からは、当時の苦労を窺い知ることができました。しかし「『社会課題を解決したい』という強い気持ちを持っていたので諦めずに続けることができましたし、テクノロジーという成長分野で実績を出すことができれば、必ずキャリアアップにつながるという確信もありました」と自分を奮い立たせ、やがて縁があって就職できたのだと言います。
成長分野のリスキリングに取り組んでほしい。
実際にリスキリングが必要とされるのはどのような人材・分野なのでしょうか。まず人材について、後藤さんは「やはりテクノロジーや生成AIによって仕事が失われつつある個人や企業は、早急に取り組むべきだと考えます」と言葉に力を込めます。
「たとえば優れた自動翻訳サービスの普及によって、従来の通訳や翻訳の仕事は失われつつありますし、今後自動運転の精度がますます高まっていくと、ドライバー職がなくなっていくかもしれません。また、経営者の方もデジタル領域への知見を身につけていかなければ、自社の生産性を上げることが難しくなっていくでしょう」
続けてリスキリングが必要な分野については、「その時代における成長分野だと言えます」と答えてくれました。

WEFが2025年1月に発表した2030年までの成長分野と縮小分野の仕事(出典: WEF Future of Jobs Report 2025)
「現在のリスキリングの主流はデジタルやAIの分野ですが、グリーン事業や宇宙事業も成長分野として注目されています。グリーン分野では脱炭素を目指した自動車のEV事業が挙げられますし、宇宙分野であれば宇宙食や宇宙で使えるシャンプーなども開発が進んでいますね」
日本市場に視点を向けると、「グローバル領域のリスキリングが急務だと考えています」と後藤さんは話します。
「日本では安価で取引されていても、海外では価値がつくものはたくさんあります。しかし、2023年時点の日本人のパスポート保有率はわずか17%に過ぎず、このことから多くの企業や自治体が海外展開に注力できていないことが予測できます。だからこそグローバルに関する知見を身につけ、海外向けに価値あるものを販売できる下地をつくることは、大きなチャンスにつながると考えています」
「自分がやりたいことは何か」を考えることから。
これまでの後藤さんの話から、多くの人が早急にリスキリングや学び直しに取り組むべきだとわかりました。それでは、実際に始めるにあたっての心がけや注意点はあるのでしょうか。
「『まず何から始めたらよいのか』と質問されることが多いのですが、この考え方は実は危険だと思っています。何故かと言うと、これは『何をするのが正解か』という答えありきの質問だからです。答えがある前提で考えるのではなく、『自分が何をやりたいのか』ということを起点に学んでほしいと思っています」
そのうえで後藤さんは、「ただ、デジタル分野のリスキリングについては、すべての人がチャレンジする意味があると思っています」と続けます。
「10年、20年先の世の中では、デジタルスキルは必須となります。そして成長分野でもあるため収益も上がり、多くの人材が必要となることも予測されます。デジタルスキルを身につけることは、将来の選択肢を広げることにもつながるのです」
加えて後藤さんは、「AIは答えを出す能力が優れていますが、世の中の課題を発見する力はまだまだありません。この分野こそ、人間の仕事領域になると思います」と教えてくれました。
「課題を発見するためには、物事を多角的に見る能力、すなわち『学際的スキル』が必要だと考えています。人物撮影の仕事を例に挙げると、ビジネスパーソンとアーティストでは写真に求める表現はまったく異なるはずです。そしてビジネスパーソンを撮影する際、撮影技術だけではなくビジネスへの理解度も高ければ、相手の課題をより深く捉え、より最適な表現を追求できるはず。複数のスキルを身につけることは、その人の個性となり武器にもなるんです」

ジャパン・リスキリング・イニシアチブより提供いただいた資料をもとに作成した学際的な学びのイメージ
「インフォーマルネットワーク」がチャンスをつくる。
リスキリングに取り組んでいた頃を思い返しながら、後藤さんは一つだけ「当時、できなかったことがあるんです」と反省を口にしました。
「それは、習得した知識を活用できる場所を見つけることです。いくら一生懸命リスキリングに取り組んでいたとしても、ただ学んでいるだけで実践する機会がなければ評価されることはありません。これを私は『学びっぱなし問題』と呼んでいるのですが、知識とは実践を重ねて、はじめてスキルとして活かせるようになるわけです」
身につけた知識を活かすチャンスがないと、モチベーションの維持も難しくなります。ならばどうすればいいのでしょうか。その問いに対して後藤さんは「インフォーマルネットワークの活用」が重要だと答えてくれました。
「インフォーマルネットワークとは、人事コンサルタントの曽和利光さんがご提唱されている考え方で、普段の業務の中では関わりがない、同窓会や勉強会など非公式のネットワークのことです。今の環境で学んだことを活かすチャンスに恵まれなかったとしても、別の環境ではチャンスが見つかる可能性があります。また、会社や業務から離れたコミュニティだからこそ、普段の人柄を理解してくれていますし、チャレンジしていることや悩みごとも話しやすいと思います。そして、実際にそこからチャンスが得られるケースもあるんです」
人間関係の維持・拡張は、リスキリングを活かすだけではなく、物事の見方や考え方に広がりを与えてくれるため、仕事だけではなく暮らしにも良い影響が生まれると後藤さんは続けます。
リスキリングは「三方よし」。
ここまで、主に個人としての取り組み方を中心に質問をしてきましたが、企業や経営者、管理職に就く人にとってのリスキリング導入メリットを聞いてみました。
「リスキリングは『三方よし』なんです。まずリスキリングを業務の一環とすることで、成長分野を担う従業員が育ちます。その結果、成長分野の売上や利益が増え、それが給与となって従業員に還元されます。すると、従業員も会社に定着しやすくなりますし、社会からも注目され外部から優秀な人材が参画しやすくなります。従業員、企業、社会の『三方よし』を実現できるリスキリングは、非常にポジティブな取り組みと言えるんです」
最後に、絶えず学び続けてきた後藤さんだからこそ、改めて読者の方に伝えたいことがあると言います。
「私は『リスキリングはいつでも軌道修正していい』と伝えるようにしています。学んだ領域で思うように結果が出なかったり関心が湧かなかったりすることもありますが、それは真剣に向き合ったからこそ見えたことで、決して無駄にはなりません。そして、リスキリングに取り組んだ人の多くはキャリアが好転しています。まずは自分のやりたいことや将来の目標に向かって、最初の一歩を踏み出してみることが大切です」

自分のやりたいことを見つめ直し、まずは動いてみること。学んだことを活かす環境をつくること。それこそが、予測不能な時代を自分らしく生きるための力になるはずです。