「庭のホテル 東京」がつくる、サステナビリティのための小さな循環
1935年に日本旅館として創業以来、約90年の歴史を持つ「庭のホテル 東京」。「こころに、庭を。」をコンセプトに、上質な日常を提供する宿泊施設として、日々国内外から訪れる様々なゲストをもてなしています。
都会の喧騒から離れ、洗練された空間で静かな時間を過ごすことができるこのホテルでは、館内に設らえられた4つの庭を起点とした、独自のサステナビリティの実践に2022年から取り組んでいます。「eco庭」と名付けられた同プロジェクトにおいては、庭の落ち葉を拾い集めて腐葉土をつくり、客室に置き捨てられたスーツケースをプランターとして活用することで、ホテル屋上にて小さな菜園を営んでいます。2024年からは、果菜類の受粉を目的に養蜂もスタートし、屋上で採れた野菜とハーブ、はちみつをレストランで提供するなど、ホテルの中で小さな循環が生み出すユニークな取り組みとして、これまでテレビや新聞などのさまざまなメディアでも取り上げられてきました。今年で5年目を迎えた本プロジェクトについて、同ホテルの総支配人の大川さんと本プロジェクトのリーダーでフロントマネージャーの高田さんにお話を伺いました。
大川和哉
2022年に野村不動産ホテルズへ入社。「ノーガホテル 上野 東京」の総支配人を経て、2024年より「ノーガホテル 清水 京都」総支配人に就任。京都の文化や地域資源を活かしたホテル運営を推進し、自治体や地域事業者との連携を通じて地域の魅力を国内外へ発信。2026年4月より現職。趣味は料理。
高田陽子
学生時代に「庭のホテル 東京」でホスピタリティの魅力と出会い、2014年に入社。レストラン、フロントでの経験を通じておもてなしを磨いてきた。幼少期を過ごしたフランスで身につけた語学力と、レストラン勤務時に取得したソムリエ資格を活かしたおもてなしを得意とする。趣味は茶道。2026年より現職。
地上15階の屋上に生まれた、小さな自然の循環

神田区三崎町にて1935年に創業した日本旅館「森田館」をルーツに持つ、「庭のホテル 東京」。2019年に野村不動産グループの仲間入りを果たした同ホテルは、その名の通り、館内に設えられた4つの庭に大きな特徴があります。和洋2つのレストランに挟まれた1階の中庭は武蔵野の雑木林をイメージして作庭され、湧き水や滝、流水といった3つの水の景色を楽しめる場所として、都心にいながら自然の音や光を感じることができます。「庭の景観を楽しみながら、静かにお食事ができる場所としてご好評をいただいています。ゲストからは『禅を感じますね』とおっしゃっていただくこともありますね」と大川さんは語ります。

さらに2階には、静けさと余白を感じることができる「石庭(いしにわ)」があり、3階の「ラウンジテラス」では、ゆっくりコーヒーを飲みながら読書を楽しむことができます。そして最上階の15階には、東京の街並みを眺めながら風が吹き抜ける気持ちのいい時間を過ごすことができる、「ルーフトップテラス」があります。

2階「石庭(いしにわ)」
3階 「ラウンジテラス」
「eco庭」プロジェクトのはじまりは、2022年の秋。当時の総支配人だった海老沼さん(現「ノーガホテル 清水 京都」総支配人)が、ホテルの庭で発生する大量の落ち葉を何かに活用できないかと考えたところからスタートしたそうです。「家庭菜園が趣味だった海老沼が、落ち葉で作った腐葉土を活用し屋上で野菜を育ててみようと思いつき、どうせならプランターも何かをリサイクルしたものを活用できないかということで、ごみ置き場にあった廃棄スーツケースに着目したんです」と、大川さんがプロジェクトの経緯を話します。
前総支配人・海老沼さんの当時の活動の様子
「はじめは、ホテルと取引のあるコーヒー店から譲り受けた麻袋を使って野菜を育てていたものの、保水性と耐久性に問題があり、別の方法を探していたんですね。そこで、ちょうどホテルのゴミ置き場で廃棄物を整理していた海老沼が、ゲストが置いていってしまったスーツケースを見つけ、これならプランターとして使えるのではないかと思いついたそうです」
スーツケースに加えて、その年のお正月に提供した振る舞い酒の酒樽も再利用し、ホテル屋上での菜園活動がスタート。初年度は、水菜や小松菜といったリーフ系の野菜や、ミントやレモングラスなどのハーブの栽培からはじめたそうです。とはいえ、庭のホテルが位置する千代田区は、当然ながら周囲に農園などがあるわけではなく、あくまで都心の一角です。そんなにすくすくと野菜が育つものなのでしょうか?
「実際にはじめるまでは、ここまでちゃんと野菜が育つとは思っていなかったですね」と話すのは、eco庭プロジェクトのスタート時からメンバーとして関わる高田さんです。はじめは水菜やラディッシュに虫がついてしまうトラブルもあったようですが、その後、トマトやピーマン、メロンを植えた際には大きく育ち、無事に収穫することができたそうです。それから年を重ねるごとに収穫量や育ち方に変化はあるものの、毎年さまざまな野菜・ハーブづくりに挑戦しています。今年はすでにローズマリーやタイム、レモングラス、ペパーミントなどのハーブ類や、ブロッコリー、トマト、きゅうりといった野菜、そして果物ではいちごの収穫に成功。通年で数えると、毎年30~40種類の野菜やハーブ、果物を育てているそうです。

「農薬を使用せず栽培しているので、アブラムシなどが付くこともありますが、基本的に地上に比べて虫は少ないです。アブラムシが付いた時は、いつの間にか天敵のテントウムシが来て、それを食べてくれました。どこからやってくるんだろうといつも思うんですが、ちゃんと自然が循環しているのを感じています」と高田さん。千代田区のホテルの屋上菜園に、確かな自然の循環が生まれています。
東京で最も高い場所にある養蜂場でつくる、味の変化を楽しむはちみつ
2024年からは、屋上菜園と並行して養蜂もスタート。そのきっかけは、ある日菜園に訪れた一匹のミツバチだったそうです。
「当初は、カボチャやズッキーニなどの果菜類も育てていたんですが、やっぱりわたしたちのような素人には雄花と雌花の違いを見分けたり、適切な受粉のタイミングを測ったりするのが難しく、なかなか人工受粉がうまくいかなかったですね。そんな中、たまたま水やりしていた時にミツバチが飛んでいるのを目撃して、もしかしたら菜園の近くで養蜂をはじめれば、受粉の手伝いをしてくれるのではないかと考えたんです」と高田さんがそのきっかけを語ります。

その後、知り合いの養蜂家に養蜂場づくりを打診したところ、彼らもこれほどの高層階での養蜂経験がなかったものの、チャレンジしてみましょう!ということでスタート。「東京でいちばん高い所にある養蜂場ですねと、業者の方々がおっしゃっていました」と大川さんが当時を振り返ります。当初は地上15階の高さに蜜蜂が定着するのかという懸念もあったそうですが、初年度から約80kgの採蜜に成功。日々の手入れや管理などは引き続き専門業者に依頼しつつ、採蜜の際にはeco庭のメンバーも一緒に参加しています。

「採蜜は年に3回、5月、7月、10月に実施しています。時期によって周辺で咲く花の種類が変わるので、はちみつの味も色も全然違うんですね。こんな大都会にもちゃんと四季があるんだなと、養蜂をはじめたことで感じられるようになりました。」と高田さんは話します。採れた蜂蜜はプロジェクトメンバー自身で瓶詰めし、「庭のはちみつ」として販売するほか、ホテル内のフレンチレストラン「ダイニング 流(りゅう)」で朝食時に提供するヨーグルトに添えたり、オリジナルドリンクの材料として活用したりもしています。

ホテルで販売している「庭のはちみつ」
蜂蜜と同様、「ダイニング 流」では屋上菜園で採れた野菜やハーブも料理の一品として提供することも。「あくまで初心者の集まりではあるので、すべての野菜の質を上げることはなかなか難しいんですが、かたちのいいものができた時には、レストランでお客様にご提供したいと考えています」と高田さん。「最近は、屋上で採れたラディッシュを前菜の一品として提供したり、採れたてのディルをサーモンとマリネした料理をつくったりしましたね。『2時間前に採れたお野菜です』とお客様にお伝えしたところ、とても喜んでいただきました」

続けて大川さんも、「屋上で採れたばかりの野菜を提供することは、中庭を眺めながら四季の移ろいや旬を感じるフランス料理をお楽しみいただく、レストランのコンセプトにも合っているのではないかと考えています」と、その手ごたえを語ります。
プロに任せるのではなく、自分たちで育てることの醍醐味

eco庭プロジェクトを推進しているのは、ホテルのフロントに立つメンバーから、総務やマネージメント、バックオフィス、さらにはレストランのシェフまで、庭のホテルを日々運営するスタッフのみなさんです。当初は10名ほどだったメンバーは今年から20名に増え、現在80名ほどが働く庭のホテルの4分の1が関わるプロジェクトとして成長しています。
活動内容については、月に一度プロジェクトメンバーが集まる「eco庭の日」にて話し合います。「年度のはじめに、今年はなにを植えるのかをスケジュールとあわせて決めているため、基本的に1年間はその通りに活動しています。最近はレストランのシェフも積極的にこの活動に取り組んでくれているので、シェフの発案で野菜やハーブの種を植えることもありますね。収穫に関しては、『もうそろそろかな』と思うタイミングでメンバーに声がけし、みんなで収穫をしています。だいたい2週間に1回ぐらいは収穫をしないと、どんどん大きく育ってしまうんです」と語る高田さん。お昼時には屋上で菜園を眺めながらお弁当を食べているスタッフもいるようで、庭のホテルで働くみなさんの日常の中に、自然と菜園の風景が溶け込んでいるのが浮かびます。
腐葉土づくりは毎年2月に実施しているそうですが、その方法はいたってシンプル。屋上に用意した専用の箱に、庭で集めた落ち葉と米ぬか、そして黒土をミルフィーユ状に重ね入れ、時折かき混ぜて熟成するのを待つだけ。秋ごろにはできあがるので、そのまま菜園の土に混ぜて使用します。
毎日の水やりに関しては、メンバーたちの自主性によって成り立っていると高田さんは話します。「できる人がやりましょうと、水やりの当番は特に決めてなんです。葉が水で濡れていれば誰かが水やりをしてくれたのがわかるので、管理表もありません」。総支配人の大川さんとしても、プロジェクトを継続していく中で生まれていくスタッフの自主性に手ごたえを感じているそうです。「部署を横断したユニークな取り組みならではのチームワークが生まれていますし、サステナビリティを実感しながらスタッフの主体性が自然と育まれているところに、プロジェクトの成果を感じています」

企業が実践するプロジェクトと聞くと、毎年一定の成果や目標に向けて活動していくものだと考えてしまいがちですが、eco庭プロジェクトの話を聞いていると、どうやらそういった活動とは趣が異なることがわかります。もし、毎年安定した収穫量と品質を保つことを目指すのであれば、農業のプロにサポートを依頼する選択肢もあったかもしれませんが、あくまでホテルのメンバーが手を動かし、知恵を絞りながら少しずつ活動の幅を広げていくことに、このプロジェクトの醍醐味があるのかもしれません。
「野菜に元気がなかったら肥料をあげてみたり、間引きしてみたりと、初心者ながらみんなで試行錯誤できるところに、この取り組みのよさがあるのかなと思います。あくまで自分たちがはじめた活動として、あまり大袈裟な活動にせず、みんなでやっていけるといいのかなと感じています」と高田さんは語ります。
サステナブルとは、心地のいい方を選ぶこと

2022年のスタート以来、順調に活動を続けるeco庭プロジェクトですが、廃棄されたスーツケースをプランターに転用するユニークなアイデアが注目を集め、これまでにさまざまなメディアにて取り上げられてきました。今年の5月には、新聞で紹介された記事を読んだ主催者から声がけがあり、「都市に緑を」をテーマとする都市型フェス「City Green Fes」に2度目の出展を果たし、プロジェクトの認知拡大にも力を入れています。
「eco庭プロジェクトが注目されているのは、われわれのようなホテル事業者が、自分たちで廃棄物のアップサイクルに取り組んでいるところに、おもしろさを感じてもらえているからなのではないかと思います」と語る大川さん。庭のホテルにおいても、毎月のようにスーツケースが客室に置き捨てられてしまう現状があり、多い月にはそういったゴミが10個ほど発生する場合もあるそうです。「スーツケースの廃棄問題は、ホテル業界全体が抱えているのではないかと思います。壊れていなければ再利用の道もあるかと思いますが、何かしらの不具合があって捨てられてしまうことが多いので、事業者が費用を負担して産業廃棄物として処理する必要があります」。
今年の4月に庭のホテルに着任される前は、同じく野村不動産ホテルズが運営する「ノーガホテル 清水 京都」で仕事をしていた大川さんですが、庭のホテルの総支配人としてeco庭の活動を見守るようになってからは、サステナビリティ活動に取り組む姿勢に、確かな変化が生まれているのを感じているそうです。
「サステナブルやSDGsといった言葉が取沙汰されるようになってから、事業者として『やらなくてはいけないこと』という感覚があったんですが、このプロジェクトをきっかけに、サステナブルな選択をすることが自然と心地よく感じられるようになったのは、大きな変化ですね。やっぱり、eco庭プロジェクトはやっていて気持ちがいい活動ですし、プロジェクトをきっかけにホテルのスタッフやゲストが笑顔になっているのを見ていると、『こっちを選んだ方がいいんだな』と感じます。ホテル事業者にもできることはまだまだあるんだなと、心から思えるようになりました」。

最後に、eco庭プロジェクトの今後の展望についてお聞きしました。高田さんは、今後の地域連携の可能性に期待があるようです。
「今年5月の採蜜の際には、近くの神田三崎稲荷神社の宮司さまにも親子で見学にお越しいただきました。この活動を通じて地域と深くつながれるのはいいことだなと思いますし、たとえばスーツケースでプランターをつくるワークショップを開催したり、近所の小学校と連携して一緒に腐葉土や野菜づくり体験をしたりなど、地域連携を深める活動に発展させていきたいなと思います」
同じく大川さんも、プロジェクトの次のステージへの期待を語ります。
「この取り組みがメンバーの間で定着してきたことをファーストステージとするならば、次のセカンドステージでは、ホテルのお客様に向けて、心地よい未来を一緒につくっていくための行動変容が生まれるきっかけを提供していきたいと思っています。近年は、そういった意識をお持ちの方が増えているのを感じているので、われわれの活動を通じてゴミ問題やサステナビリティについて、より一層深い気づきを与えられるような、そんな活動に昇華させていきたいですね」

都心のホテルの屋上に、小さな自然の循環を生み出すことに成功したeco庭プロジェクト。四季を感じながら心地のいい暮らし方を選択することが、もしかしたら小さなサステナビリティの実現につながるのかもしれません。
※掲載の情報は、2026年5月時点の情報です。